迸る熱いパトスで

昨日、えび先生が平日の真昼間だというのに電話をかけてきていったい何の緊急事態だと思ったら「おもちゃ屋で稲中のフィギュア発見したよ!」という内容で相変わらず自分の道を突き進む人だと感心しました。小学校の授業の一環で、いろいろな店を見て回っていたそうです。そんなえび先生は夫が家にスポーツ新聞を持ち込むのを許せないと怒っていました。

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ピストンの続きはまた今度。

お祭り(NABEOのことです)が近づくにつれて精神も音楽モードになってきているようです。あくまで気持ちだけ。体がついていってません。

以下脈絡のない昔話。

私が本格的に音楽に目覚めたといえるのは中1で吹奏楽部に入ってからだと思うのですが、当時、吹奏楽コンクール名演集みたいなものを聞いたときは、それはそれは衝撃的でした。同じ中学生がなんでこんなに上手いのか、と。今聞いても上手いものが多いです(mihaさんの中学時代の演奏や、後にはえび先生の高校時代の演奏も聞いてたんですよね、当然のことながら当時そんなこと知りません)。で、92年の名演集みたいなものにF.シュミットの「ディオニソスの祭り」が入っていまして、なんだか得体の知れない魅力を感じたわけですが、演奏した土気中学校が指定通りにサリュソフォンを使っていたことを今日知りました。どうやって調達したのか気になります。他に92年といえば洛南高校、C.スミスの「華麗なる舞曲」でしょうか。冷静に聞くと結構粗が目立つんですけど、何だか若さ爆発という感じで当時は大好きでした。ピッコロトランペットの高音なんて、金管アンサンブルをやるようになったら周りに超人的な人がいっぱいいてすっかり慣れてしまいましたが当時は驚愕していました。習志野高校の「ネレイデス」(田中賢)も上手かったですね(私は一時期田中賢の大ファンで、ヤマハ吹奏楽団浜松のあのCDが愛聴盤だったこともあります)。

この前フェスタの合宿の時に吹奏楽の話で結構盛り上がったのですが、複数人のメンバーが全国大会で金賞取ったりしていることが判明。やはりこのおじさんたち(失礼)は只者じゃないですね。

そんな、昔の熱い時代のことを思い出した今日の寝る前の1曲は、スウェアリンジェンの「インヴィクタ序曲」です。高校の頃、どこかの一般バンドの定期演奏会に行ったらスウェアリンジェン本人がゲストで来ていたことがありました。

もう長いこと離れているので最近の曲はよく知りませんが、吹奏楽でこれだけはやってみたい曲というのが2つあり、1つはヒンデミットの「交響曲変ロ調」、もう1つが平石博一の「時は時の向こうにある」です。

ところで、中学時代の吹奏楽部の友人が多く通っていた某高校(全国大会まで行ってましたね)の卒業生は、その後楽器をやめてしまう人が多かったらしいです(今はどうなのか知りませんが)。やれることをやりつくしてしまったということでしょうか?私もひょっとして友人達と一緒にその高校に行っていたら、あー楽しかった!という感じで高校生活を終えて、今楽器なんかやっていなかったかもしれません。

不思議なものです。いろいろと。
Commented by takei at 2007-10-05 00:14 x
中学でお目覚めとは、ちょっと早熟ですね。ってそんなことないか。続きは自分のページに書きます。
by mako_verdad | 2007-10-04 23:36 | 鑑賞活動 | Comments(1)

1979年生まれ。某国立大学オケへの入団を機にバストロンボーンを始めました。現在はアマチュアオーケストラ「ザ・シンフォニカ」やいくつかのブラスアンサンブル団体で活動しています。2017年に子供が生まれたので徐々に活動縮小予定です。