FBE第10回終了
まただいぶ更新をさぼってしまいました。あけましておめでとうございます。
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突然だが来月引っ越しをすることになった。10年間住んだ文京区を離れ、来月からは江東区民である。オケ活動の練習場所がかなり近くなるが、もちろんそのことだけが理由ではない。それはさておき、東京に来てから杉並区→文京区→江東区、と東に移動し続けている。そのうち千葉県に行ったりするのだろうか?新居の近くは繁華街なので買い物には便利なようだ。飲食店もかなり多い。早速カレー屋さんばっかり探してみたり…新居から徒歩1分のところに見つけてしまった(笑)。
さて、先日FBEの第10回定期が終了した。
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Fireworks Brass Ensemble 第10回定期演奏会
2012年1月15日 行徳文化ホールI&I
【プログラム】
プレトリウス(パーサー編) 「テルプシコーレ舞曲集」より
ヒンデミット 朝の音楽
ガーシュウィン(和氣編) 「ポーギーとベス」より
ラフォス 小組曲
高嶋圭子 古都三景
リチャーズ ア・ラ・カルト
(アンコール)
リチャーズ シャンパーニュ(「高貴なる葡萄を讃えて」より)
ガーデ ジェラシー
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この団体の原型は2000年3月の某合宿。なんとなく集められたメンバーで(今思えばこのメンバー選びにも何かしら意図があったようだ)休憩時間に金管10重奏で遊んだのがきっかけである。何度か書いたが、私は当時トロンボーンアンサンブルにしか興味がない時期で、金管10重奏はあまり面白くないと不遜なことを考えていた。当時10重奏といえば「スザート組曲」「3匹の猫」「フランス・ルネサンス舞曲集」「テルプシコーレ」くらいしか知らず、レパートリーの知識に欠けていたのも大きかったのかもしれない。
その後、特に断る理由も見つからなかったのでアンサンブルとしての体裁を一応整えたこの団体に参加するようになり、猪苗代でのNABEO(アマチュアブラスアンサンブルフェスティバル)に向けて練習を重ねた。
金管アンサンブルに本格的に興味を持つようになったのは、だいぶあとのこと。大先輩団体、ガンマブラスアンサンブルによるラヴェルの「クープランの墓」を聞いてからである。
第1回の演奏会を開催したのは2002年。結成からの2年間はろくにレパートリーがなかったため、選曲には苦労した。先生や先輩団体にいろいろお世話になった記憶がある。この頃はまだメンバーの大半が学生で(大学院に進学したメンバーが多かったのである)、練習も組みやすく、毎週のように集まっていた。当時の練習場所は駒場の学生会館、本郷の共用練習室、つくばの各公民館だった。まだつくばエクスプレスができていなかったので、東京駅から高速バスを利用していた。
2006年には第5回演奏会とほぼ同じタイミングでフランスへの演奏旅行(リモージュでの金管楽器の音楽祭「Epsival」への参加)を行うことができた。翌年にはメンバーが全員就職したので、もっともタイミングがよかったのだろう。
そんなことを思い返しながら、10年間というのは本当にあっという間だったと感慨に耽っている。
この数年間は、仕事の都合で海外に行ったメンバー、国内遠隔地に行ったメンバー、産休に入ったメンバーなどがいて(産休開けすぐに出演したF団長は尊敬に値する)、昔のような練習はなかなか思うようにはできなくなってきている。だが、この状態を否定的に考えるのではなく、むしろ積極的に肯定しつつもどうやって息の長い活動を続けていくか、次の10年のひとつの課題ではないだろうか。
まだまだやりたいことがたくさんあるので、メンバーの皆様、今後ともよろしくお願いします。
具体的にはサルゼドの「ディフェレンシアス」とか、アーノルドの交響曲とか、そういうのがやりたいんだけどさ。
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突然だが来月引っ越しをすることになった。10年間住んだ文京区を離れ、来月からは江東区民である。オケ活動の練習場所がかなり近くなるが、もちろんそのことだけが理由ではない。それはさておき、東京に来てから杉並区→文京区→江東区、と東に移動し続けている。そのうち千葉県に行ったりするのだろうか?新居の近くは繁華街なので買い物には便利なようだ。飲食店もかなり多い。早速カレー屋さんばっかり探してみたり…新居から徒歩1分のところに見つけてしまった(笑)。
さて、先日FBEの第10回定期が終了した。
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Fireworks Brass Ensemble 第10回定期演奏会
2012年1月15日 行徳文化ホールI&I
【プログラム】
プレトリウス(パーサー編) 「テルプシコーレ舞曲集」より
ヒンデミット 朝の音楽
ガーシュウィン(和氣編) 「ポーギーとベス」より
ラフォス 小組曲
高嶋圭子 古都三景
リチャーズ ア・ラ・カルト
(アンコール)
リチャーズ シャンパーニュ(「高貴なる葡萄を讃えて」より)
ガーデ ジェラシー
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この団体の原型は2000年3月の某合宿。なんとなく集められたメンバーで(今思えばこのメンバー選びにも何かしら意図があったようだ)休憩時間に金管10重奏で遊んだのがきっかけである。何度か書いたが、私は当時トロンボーンアンサンブルにしか興味がない時期で、金管10重奏はあまり面白くないと不遜なことを考えていた。当時10重奏といえば「スザート組曲」「3匹の猫」「フランス・ルネサンス舞曲集」「テルプシコーレ」くらいしか知らず、レパートリーの知識に欠けていたのも大きかったのかもしれない。
その後、特に断る理由も見つからなかったのでアンサンブルとしての体裁を一応整えたこの団体に参加するようになり、猪苗代でのNABEO(アマチュアブラスアンサンブルフェスティバル)に向けて練習を重ねた。
金管アンサンブルに本格的に興味を持つようになったのは、だいぶあとのこと。大先輩団体、ガンマブラスアンサンブルによるラヴェルの「クープランの墓」を聞いてからである。
第1回の演奏会を開催したのは2002年。結成からの2年間はろくにレパートリーがなかったため、選曲には苦労した。先生や先輩団体にいろいろお世話になった記憶がある。この頃はまだメンバーの大半が学生で(大学院に進学したメンバーが多かったのである)、練習も組みやすく、毎週のように集まっていた。当時の練習場所は駒場の学生会館、本郷の共用練習室、つくばの各公民館だった。まだつくばエクスプレスができていなかったので、東京駅から高速バスを利用していた。
2006年には第5回演奏会とほぼ同じタイミングでフランスへの演奏旅行(リモージュでの金管楽器の音楽祭「Epsival」への参加)を行うことができた。翌年にはメンバーが全員就職したので、もっともタイミングがよかったのだろう。
そんなことを思い返しながら、10年間というのは本当にあっという間だったと感慨に耽っている。
この数年間は、仕事の都合で海外に行ったメンバー、国内遠隔地に行ったメンバー、産休に入ったメンバーなどがいて(産休開けすぐに出演したF団長は尊敬に値する)、昔のような練習はなかなか思うようにはできなくなってきている。だが、この状態を否定的に考えるのではなく、むしろ積極的に肯定しつつもどうやって息の長い活動を続けていくか、次の10年のひとつの課題ではないだろうか。
まだまだやりたいことがたくさんあるので、メンバーの皆様、今後ともよろしくお願いします。
具体的にはサルゼドの「ディフェレンシアス」とか、アーノルドの交響曲とか、そういうのがやりたいんだけどさ。
by mako_verdad | 2012-01-19 23:12 | 演奏活動 | Trackback | Comments(0)






